白内障手術では、白く濁った水晶体を超音波で砕き、小さくしながら吸引していきます。
ここで使用する機械を
『フェイコマシーン』
と言います。
白内障手術の中で、この部分で一番トラブルが起きやすく、特に白内障が進行した症例では、難しくなります。そのため、フェイコマシーンの性能が、白内障手術に多大な影響を及ぼします。
私はいままで、ずっとアルコン社の歴代フェイコマシーンを使用していました。
私が眼科医になった20年前は、『マレニアム』や『アキュラス』でした。当時はかなり普及していたので、40歳以上の眼科医なら、一度は使用したことがあるかと思います。
これらのフェイコマシーンでは、非常に進行した白内障には歯が立ちませんでした。そのため、そのような症例では、水晶体嚢外摘出術という、目の上半分を切開し、水晶体を丸ごと取り除く手術を行っていました。
次に、いまから約15年前に、『インフィニティ』が登場しました。
こちらは、格段に性能が良くなっており、感動したのを覚えています。これにより、進行した白内障でもだいぶ手術可能となりました。
とはいえ、進行した白内障を破砕するのに非常に時間がかかるうえに、途中でしょっちゅう詰まっていました。そのたびにハンドピースに水を通したり、チップを変えたりと、手間がかかりました。
そして、ついに『センチュリオン』が登場しました。
こちらは、破砕力がさらに強力になり、進行した白内障ですら、ほとんどストレスなく対応できるようになりました。しかも、今までさんざん術者を困らせた詰まりもほとんどありません。
手術が無事にできているのは、自分のテクニックのおかげ・・・ではなく機器の進歩のおかげだと、感謝しながら手術する日々です。
高齢者では、白内障は必発で、視力が低下していきます。
そして、視力低下により、さまざまな全身への影響が生じるが分かってきました。
高齢者の大規模眼科疫学調査より、70歳以上の視力良好群(0.7以上)と視力不良群(0.7未満)に分けて認知症の発症率を比較しました。すると、視力良好群では、認知症が5.1%でしたが、視力不良群では、認知症が13.3%と有意に多く、視力が悪いほど認知症が増えていました。
視力不良群では、認知症のリスクが2.9倍高かったのです。
さらに、白内障手術既往群と非手術群の2群間で分析したところ、白内障手術で認知機能障害のリスクが2割程度防げることがわかりました。
視力低下すると、行動範囲が狭くなり、動かなくなるので足腰が弱くなり、外からの刺激が減るため認知症が進む、という悪循環が生じることが影響していると思われます。
白内障手術で、認知症のすべてが解決できるわけではありません。一方で、認知症が進行しすぎると、手術後の目薬などの管理が困難となるため、手術ができないことも少なくありません。
白内障による視力低下のため、活動範囲が狭くなりつつある方がご家族にいる場合、手術を検討してもよいかもしれません。
高齢者の疫学調査にて、白内障群では非白内障群と比較して、動脈硬化が1.6倍多いという調査結果が出ていました。
また、血圧は通常夜間に低くなりますが、白内障群では、夜間血圧低下がない人が1.8倍となっていました。
動脈硬化や夜間血圧低下の欠乏は、心筋梗塞や脳卒中などの虚血性疾患に影響を与えます。
一方、白内障手術を受け視力が良くなった人の方が、死亡率は低い、と報告されています。
視力改善によるQOLの向上だけでなく、認知機能障害の改善、生体リズムの改善、虚血性疾患などのリスク軽減などが影響している可能性があります。
視力がよいと行動範囲が広がり、日々散歩などができますが、視力が悪いと、行動範囲が狭くなり、運動量が減ることなどが原因と思われます。
たかが白内障、されど白内障。
白内障による視力低下を感じたら、一度眼科を受診することをオススメします。
睡眠などの生体リズムは、ブルーライトなどが関与しています。
そして、白内障は、ブルーライトを遮断するため、生体リズムが障害されると考えられています。
生体リズムの乱れは、睡眠だけでなく、うつ・糖尿病・高血圧・脳卒中・虚血性心疾患・癌などの多くの疾患と関連します。
白内障手術群と非手術群を比較したところ、白内障手術群で睡眠効率が良く、中途覚醒時間が短く、睡眠の質が改善しました。また、白内障手術前後で比較したところ、術後に夜間メラトニン分泌が増加していました。
これは、白内障手術で視力が改善したことで、ブルーライトが届くようになり、生体リズムが改善したことが一つの要因になった可能性があります。
一方、視力が改善したことで、日中の活動量が増えた結果かもしれません。
いずれにせよ、薄暗い部屋で24時間じっとしていたら、誰でも睡眠障害になってしまいますね。
手術で睡眠障害のすべてを改善することはできませんが、視力低下があれば、前向きに検討してもよいもしれません。
白内障は徐々に進行していきます。進行速度は個人差や左右差があります。通常は数年単位でゆっくりと進行しますが、白内障の種類によっては、数か月単位で急速に進行することもあります。また、進行速度は一定ではなく、それまでゆっくりと進行していたのに、急に進行が早くなることも少なくありません。
通常、ある程度進行したところで眼科へ受診して手術をするのですが、手術せずに放置していると、最終的に『成熟白内障』になって、ほとんど見えなくなってしまうこともあります。
『成熟白内障』とは、白内障が進行しすぎて、水晶体が真っ白もしくはまっ茶色に濁った白内障を言います。矯正視力は0.01以下と、重篤な視力障害を来します。
通常の白内障の手術は、比較的短時間で安全になっています。
しかし、成熟白内障の場合、白内障が硬くて、視認性が悪くなるため、手術が困難です。そのため、手術時間が長くなり、合併症のリスクが高くなります。
さらに、成熟白内障では、目の奥である眼底が見えないため、網膜や視神経などに病気があるかどうか、手術前にはわかりません。そのため、術後に視力がどれくらい改善されるのか、手術前に予想することができませn。
以上、まとめると、成熟白内障では、
①手術のリスクが高い
②術後視力が予想できない
という問題があります。
そのため、成熟白内障まで進行する前に、白内障手術をすることをオススメしています。
白内障は、徐々に進行する病気のため、定期的に眼科通院をしていれば、成熟白内障になるまで放置されることはまずありません。
特に60歳過ぎて、見えにくい、かすむ、などの視力低下を感じたら、一度眼科へ受診してみてください。
手術後の一番の懸念事項は手術後の感染症です。
頻度は非常に低いのですが、失明などの重篤な視力障害が生じる恐れがあります。
この術後感染症予防に、水が眼内に入るのを防ぐ必要があります。水が眼内に入る行為として、洗顔洗髪や水泳、運動などが挙げられます
洗顔洗髪ですが、手術後四日間程度できません。
洗顔のかわりに、汗拭きシートや絞ったタオルなどをご利用ください。
洗髪は、美容院で上向きの状態で洗うのは可能です。(理容室は下向きなのでダメです)また、水のいらないシャンプーは可能です。(薬局にて購入できます)
水泳はリスクが高いため、1ヶ月程度禁止です。
運動ですが、ウォーキング、ストレッチなどの軽い負荷なら、一週間で可能です。
一方、汗だくになるような激しい運動、負荷の大きい運動は、水泳と同じく1ヶ月程度控えた方がよいです。
一方、テレビやパソコン、スマホを見るなどの、目を使う作業は翌日から可能です。
その他に関しては、基本的に制限はないのですが、こちらの想定していないこともあるかもしれませんので、手術が決まった際に質問して頂ければと存じます。
白内障手術後、視力はいくつになるのか、は手術を受ける方にとっては、一番の関心事項かと存じます。
まず、手術自体ですが、白内障手術の安全性はかなり高いものの、残念ながらごくまれに感染症などの重篤な合併症が生じることがあります。その場合、大幅に視力低下することすらあります。そのため、手術は視力改善を100%保証するものではありません。
次に手術が無事終わった場合。
手術後の視力は、目の他の部分(角膜、網膜、視神経など)の機能に影響されます。
他の部分が問題なければ、良好な視力が期待できます。しかし、白内障以外の病気(角膜混濁、緑内障、黄斑変性、網膜剥離など)があると、それらは白内障手術をしても治らないため、手術後の視力があまり改善しないこともあります。
さらに、手術後の回復のスピードもまちまちで、手術翌日には、ほぼベストの視力が出る方もいれば、1.2週間程度かけて徐々に回復する方もいます。
以上より、白内障手術後の視力は、
『視力改善が期待されるが、最終的にはやってみないとわからない』
という、あいまいな言い方になってしまいます。
白内障手術後は、3種類の目薬を使用します。
そのため、普段から使用している目薬を一緒に使うと、4種類以上となってしまいます。目薬の種類が多いと、本来やるべき手術後の目薬をやり忘れたり、左右間違えて使用していたりと、間違える方が少なくありません。(皆さんが思っている以上に結構多いです)
そのため、当院では手術後、他の目薬は『原則中止』としております。
普段使用している目薬をやめることを心配する方もいらっしゃいます。しかし、手術後の目薬は、術後感染症の予防など大変重要で、優先順位は他の目薬より圧倒的に高くなります。
例外的に、緑内障の方で、手術後に眼圧が高くなるような場合、緑内障の目薬を早期に再開することはあります。
そのため、手術が決定した際や手術後の状況に応じて対応していきます。
強度近視に伴う白内障のお話です。
白内障手術では、手術の時に目の中に移植する眼内レンズの度数により、近視の度数を調整することができます。
強度近視の場合、近視を軽くすることが可能で、近視をほぼ0にすることもできます。そのため、白内障のにごりを取ることによる視力回復だけでなく、近視矯正としてのメリットも大きく、手術後に喜ばれることが多いです。
しかし、強度近視の方で、片目のみ白内障が進行している場合、片目のみ手術をして近視を軽減させると、手術しないほうの目と度数の差が非常に大きくなってしまいます。そうなると、手術後に眼鏡での矯正が困難となり、不便が生じることが懸念されます。
そのため、強度近視で片目のみ白内障が進行している場合、
①両目手術する
②片目のみ手術する
③反対目も白内障が進むまで手術を我慢する
の3択となります。
①の両目手術する場合、左右差を気にせずに手術できるため、わかりやすいです。しかし、手術にはリスクを伴い、視力低下のない方の目を手術することに抵抗を感じる方も多いです。ただし、反対眼も同様に近視矯正されるメリットはあります。
②の片目のみ手術する場合、術後の左右差にどう対処するかを検討する必要があります。最も左右差を感じにくいのが、コンタクトです。しかし、コンタクトは24時間使用できないため、一定時間眼鏡も必要となります。
眼鏡で矯正する場合、左右差が大きいと完全矯正が困難です。そのため、通常は手術した目を中心とし、反対目は低矯正にしてバランスを取ります。
しかし、どうしても度数の左右差に適応できない場合、早めに反対目も手術する必要が出てきます。
③反対目も近いタイミングで進行し、両目視力低下してから手術、が一番分かりやすいです。ただし、片目だけどんどん進行するにも関わらず、反対目は良好な視力を数年キープするケースも少なくありません。どこまで待つかは、迷うところです。
どの方法がよいかは、個人差が大きいので、手術のタイミングを慎重に検討し、手術をする際には、手術のメリットとデメリットをよく理解しておく必要があります。
白内障手術では、濁った水晶体を取り除き、代わりに眼内レンズを挿入します。
この眼内レンズに関して
『何年もつの?』
『入れ替えは必要?』
などの質問をよく受けます。そこで今回は、眼内レンズの耐久性についてのお話です。
眼内レンズは、理論上50~100年もつと言われています。
一方、眼内レンズは、登場してからまだ数十年しか経っていません。そのため、どれくらいもつのか、実は定かではありません。しかし、今まで世界中で数多くの白内障手術が行われていますが、ほとんどの症例では、眼内レンズの耐久性に関する問題は生じていません。
とはいえ、一部の眼内レンズで、手術後にレンズ自体が混濁し、交換を余儀なくされた症例も、一部メーカーのものにありました。幸い、すでに原因は解明されており、現在使用されている眼内レンズは改良がされ、同様のことが起こることはまれとなっています。
そのため、基本的には
『眼内レンズは一生もので、入れ替えは必要ない』
と考えて頂いてよろしいかと存じます。